妖精のケーキ ―Fairy Cake―


「吸血鬼の城 〜極夜篇」ジーウェイ篇

「……ええと。これは何だろう」
 差し出された皿の上の物体に目を落とし、セシルは努めてさり気ない声音で質問した。
「妖精さんのケーキよ」
 ジーウェイから間髪いれず答えが返ってきた。とっても良い笑顔だ。

 形しては、少し歪な球体。
 おそらく綺麗な真円にしようとして、色々努力した跡が窺えるので、そこら辺はかなり頑張ったに違いない。
 ケーキよりは、団子に近い。ただし、大きさは女性の握り拳ほどもある。
 薄茶に焦げ目のついた色あいといい、ざらっとした表面の感じといい、粘土を丸めて玉にして素焼きしたというのがしっくりくる。
 どこぞのツッコミが売りの主人公ならば、「百歩譲って菓子だとしても、この硬さはケーキではなく、堅焼き菓子の類いではないのか?または団子と呼ぶべきでないのか?」と突っ込んだかも知れないが、料理をしないセシルにはそんな知識はない。

 それでも材質が気に掛かり、「何で出来てるのかな?」と一応尋ねてみた。
「ええとね、どんぐりに小麦粉と蜂蜜とバターを入れて焼いてみたの」
 いたずらな灰色の瞳がにっこりと微笑む。よほど改心の出来…と思っているようだ。
「そうなんだ」
 意外にまともな食材が使われていると知って、セシルは少し安堵した。
 “どんぐり”の単語から不意に、長生きし過ぎて穴だらけな記憶が珍しくぴぴっと浮上して、貧しい農民は森でどんぐりを採集して食糧にする……と誰かが言っていたのを思い出した。
 ちなみにどうやって食べるのかは知らない。見たかも知れないが忘れている可能性もある。

 保存食とか非常食の類いなら、こういう形状も意味があるのかも知れないなあ、とそこまで考えた所で、別の問題に思い当たった。
 大体真冬の今、この城の周辺でどんぐりが取れるのだろうか。食糧として貯蔵されていたりしたのだろうか。
 更に細かいことを言うなら、材料を列挙した順番も微妙に気になる。
 丸のままのどんぐりが、この球体の内部にごろごろっと入っていたりするのかも知れない。
 吸血鬼の筋力を以ってすれば、たとえレンガ並みの固さであろうとも、噛み砕けないということはないだろうが……。

 短い沈黙が支配した。
 実時間は5秒ほどだろうだが、《高速化》していたら体感時間にしてたっぷり10分は悩めそうなひとときが流れる。
 背後に立つユリウスが、はらはらしているのが血の絆を通して伝わってきた。
 一連の葛藤は隠していたつもりだが、何となく伝わるものがあったのだろう。
 これ以上愛し児に余計な気を使わせてはならないと、おもむろに口を開いた。

「……あのね、ルーティエ。僕は固形物は食べられないんだ」
 本当である。
 久しく血のみで養われた長生者の肉体は、精々がとこ薄い茶や酒のような液体しか受け付けない。
「そうなの? 
 ほんとうに残念ね。一番最初にセシルに食べさせてあげたかったの」
 ジーウェイががっかりした顔で眉根を寄せると、目尻の赤い蝶も元気がなさそうに下がった。
「うん、僕も残念だよ」
 セシルも頷き、残念そうな表情を作る。
 本当に食べられなくてすまないと思っているので、言葉自体はスム−ズに出た。
 あんまり残念がりすぎても、「じゃあ一口だけ」などという運びになりそうだったので、余分な言葉は付け足さない。
 実直な愛し児も、流石に雰囲気を読んだか、謹厳な表情を保ったまま、懸命にも口を噤んでいた。
 
 けれど、常にポジティブなジーウェイは気分の切り替えも早かった。
「グロリアとシーシャに見せてくるわ。
 シーシャはお菓子作りの名人だから、批評してもらうの」
 ぐっと握り拳を作ると、すっくと立ち上がる。
 自称「妖精さんのケーキ」の皿を大切そうに抱えて、早速グロリアの部屋へと踊るように駆け出して行った。
 セシルは、いってらっしゃいと、椅子に座ったまま手を振った。


 グロリアのお茶会にアレが出されたなら、シーシャは必ず主を庇って実験台になるだろう。
 彼には気の毒だが、致し方あるまい。
 マゾヒストの長生者と言えど、たとえどれほど愛していようが、出来ることと出来ないことがあるのだ。



 数日後、今度は木の皮やら松葉やらを混ぜた特製ブレンド・ハーブティーを突きつけられ、格好つけて笑顔で世辞を言って飲み干した後、消化不良で倒れてユリウスと芙蓉に介抱される羽目になるとは、この時のセシルはまだ知る由もなかった。

 人狼SNS「人狼で吸血鬼をやる」コミュからの再掲です。
 ジーウェイの口調は本来句読点が殆どつきませんが、セシルの台詞とのバランス上、少しだけ改変してあります。
 春になるまでジーウェイとどんな風に過ごしていたんだろう?というところから、エピでの>>-663このあたりを参考に、悪乗りしてコメディタッチにして見ました。
 英国で言う「フェアリー・ケーキ」は本来小さなカップケーキのことですが、ジーウェイの作ったのは「妖精が作ったみたいなケーキ」のようです。
 ジーウェイは、セシルにとって癒しに近い存在です。恋というよりは、もっと純粋な「一緒にいたい」「分かち合いたい」という気持ちなのではないかと。