Épisode 4  Le stigmate


3

 その日、一人の少女の遺体が森で見つかった。

 私は池の畔でヴァンサンと別れ、森に向かった。
 少女の死に関しては、警察では概ね事故死と見ているようだったが、私は何処か引っ掛かるものを感じていた。
 何処がどうとは言えないのだ。取り立てて不自然な点がある訳でもない。遊び慣れていた森の、古い遺構が危険であることは恐らく少女も知っていただろうが、逆に慣れていた為に危険性を甘く見て転落したと言われれば、それも頷けるのだ。死亡した少女は森の中のローマ時代の古い遺構が殊の外気に入っていたことは、彼女の双子の兄弟も親しい友人も証言している。
 それなのに、私は何故彼女の死を奴と結び付けてしまうのか。私は奴に固執し過ぎなのだろうか。私と奴の因縁を知らないヴァンサンまでもがそう指摘するほどに。
『……貴方は『彼』が特別の存在でないと気が済まないように見えますよ。どうして事故ではいけないのですか? いや、どうして普通の人狼の仕業ではいけないのです?』
 ああ! どうしてなのか、その理由が私に分かるだろうか。
 私の追う人狼は奴でなければならない。私は奴を捕まえなくてはならない。
 私もまた呪縛されているのだ。あの日、奴を見た時から……

 僅かに開いた扉の隙間から、私は部屋の中を覗く。
 してはいけないことをしている、という後ろめたさ。見つかることへの恐怖。美しい義姉に憧れていた私が、知り初めたばかりの想い。幼い子供の私が、漠然としか知りえない秘め事、それへの好奇心。
 だがその時、何かが違っていると私は気付いた。
 話し掛けるような低く擦れた呟きは、兄ではなく耳慣れない男の声。激しい呼吸音の合間に上がる鋭い兄の苦鳴。
 私は思わず息を呑み、後ろへ退こうとしてよろめいて扉を押してしまい、
 音が、
 薄闇の帳の奥に居るものが顔を上げて、
 そして

 私は目眩に似た感覚を覚え、側に立っていた古木に手を突いた。私の記憶はいつもここで途切れる。そこから先は断ち切られたように闇の中に失われている……。
 絶対に目撃した筈の、奴の姿を私は思い出せない。パンドラの箱の底に眠る禍つものを求めて、私は催眠術による記憶遡行も受けてみた。が、固く閉ざされた封印を解くことはついぞ出来なかった。
 その時、私の視界の隅に、緑に浮かぶ白い染みのようなものが映った。木の根方、茂った草叢の中に小さな白い塊。
 屈み込んで拾い上げるとそれは、小さく幾重にも折り畳まれた紙片であった。露に濡れて湿ったそれを慎重に広げていく。
 ほんの数語だけが書かれた小綺麗な便箋。微かな汚れはあったもののインクの字に滲みは殆ど無く支障なく読める。

 “Hへ。ミサの後、塔で。Wより”

 ふと脳裏に閃くものがあった。
『あの子は亡くなった夫から贈られた童話の本をそれはそれは大事にしていました。ウェンディという愛称はそこから取ったのですわ。主人は“私のウェンディ”“ピーターパン”と呼んで…』
『あの子は「塔」が好きで、何時も登ってお姫様になったふりとかしてたわね。……「塔」ってのはほら、あのちょっと高くなってる辺り……』
 そうだ。これはあの娘の手紙ではないだろうか。湿ってはいるものの紙はさほど傷んでいないことから、手紙がここに落ちてからそれ程日数は経っていないように見受けられる。一番近いミサが行われた日は日曜。すなわち少女の死んだ日だ。ではこれは。
『……いえ。あたしは知らないわ。あの子とは教会で会ったきりだもの。』
 死んだ少女の友人の名前はアンリエット。すなわちH……。

 思索に耽っていた私は、その時やっと誰かが近くに来ていることに気付いた。
 振り返ろうとして、私は激しい衝撃を感じ、呼吸が出来なくなった。
 背に感じる固い木の根と土の感触で、自分が恐ろしい力で地面に叩き付けられた、のだと気付いた。
 それも一瞬のこと、凄まじい力に生い茂った低木の茂みに引き擦り込まれ、

すぐ耳元でバキバキと枝が折れる音

むき出しの膚が引っかかれ、衣服の裂ける

腕が

  痛い

 鋳造したての金貨の色した眸、黄金の

 ──ああ。

思い出した。

 兄は……獣に貪り喰われながら、その下で